法人化を決めたのは、売上が増えたからではありませんでした

法人化のタイミングを売上で考えていませんか。福島で映像制作をする私が法人化を決めたとき、判断の7割は信用と取引条件でした。個人では土俵に立てなかった実例、増えた固定費と社会保険、設立にかかった74万円と半年という期間まで、私の場合の数字で書きます。

法人化を決めたのは、売上が増えたからではありませんでした

法人化は、売上がいくらになったら考えるものだと思っていました。

税理士に相談すれば「利益がこれくらいになったら」という目安は出てきます。私も最初はその線で考えていました。

ただ、実際に決めたときの理由は違いました。私の場合、判断の重みは信用と取引条件が約7割、税金や資金の話が約3割でした。

この記事は、法人化を「売上がいくらになったら」で考えている個人事業主へ向けたものです。私が何を見て決めたか、増えた固定費、想定より重かったことを書きます。私の場合、判断したのは月商が100万円を超えるあたりの時期でした。

法人化の判断は事業内容で変わります。私の場合の話として読んでください。

そもそも法人化とは何を変えることか

法人化とは、事業の器を個人から会社に変えることです。

売上や利益が個人のものではなく、会社のものになります。自分は会社から役員報酬を受け取る立場になります。税金の計算方法も、契約の主体も変わります。

役員報酬をいくらにするかは、あとから自由に変えられません。私はここを自分で決めず、税理士に相談して、生活費として必要な額と、税金の出方の両面から決めました。 金額は会社ごとの事情なので書きませんが、自分の生活費だけで決めないほうがいいとは言えます。

一般には「節税のため」と説明されることが多いのですが、私の場合、変えたかったのはそこではありませんでした。誰と取引できるかを変えたかったのです。

個人だと、土俵に立てない場面があった

決め手になった出来事があります。これは独立してすぐの話ではありません。 直接の取引が増えてきて、それでも弾かれた、という段階の話です。

インフラ関連の大きな案件で、発注先を株式会社に限定するという取引条件がありました。 私は個人事業主だったので、別の会社を間に入れて参加しました。

実務には関われました。ただ、直接取引であれば得られたはずの裁量と利益の一部は、当然ながら持てません。技術も実績も足りていたのに、器の形だけで入口が閉じていたわけです。

もう一つあります。ある取引先で、当日キャンセルが発生したときに、キャンセル料を十分に回収できませんでした。

契約や取引適正化の知識がなかったわけではありません。ただ、相手が交渉に応じない姿勢のとき、個人事業主という立場では押し返しきれませんでした。

正直に言うと、これは器だけの問題ではありません。法人なら必ず回収できるわけではないし、今後も付き合いたい相手に強く出られなかった、という私の弱さもあります。 それでも、対等な法人間の取引として話ができていたら違った可能性はある、と思いました。

この2つで、法人化の位置づけが「いつかやること」から「早くやること」に変わりました。

合同会社ではなく株式会社にした

一人でやるなら合同会社のほうが設立費用は安く済みます。それでも私は株式会社にしました。

理由は、格式が高いほうが取引先として認められやすいと考えたからです。決め手になったのが「株式会社限定」という条件だったので、合同会社では同じ壁に当たる可能性が残ります。その可能性を断ちたかったわけです。

正直に言えば、これは推測に基づく賭けです。合同会社で実際に断られた経験があるわけではありません。設立費用は20万円ほど変わるので、そこにお金を払って可能性を消したという判断でした。(あと、単純に株式会社のほうがかっこいいと思っています)

税金の話が3割だった理由

先に断っておくと、冒頭の7割・3割は正確に測った数字ではありません。 決めるときに何を考えていたか、という体感です。ただ、頭の中の大部分を占めていたのが信用と取引条件の話だったのは間違いありません。

信用と取引条件が約7割、税金や資金の話が約3割という体感を示す円グラフ

残りの3割は、たしかに税金と資金の話です。ただ、節税を狙っていたわけではありません。節税のしかたに無理が出ていたのです。

個人事業の段階では、年末に大きな機材投資をしないと税負担を抑えにくい状態になっていました。私の場合、200万円から300万円規模の投資を毎年末に入れる前提になりかけていました。

これは事業として合理的ではないと感じました。必要だから買うのではなく、税金を減らすために買うことになります。節税を名目にした浪費です。

私が機材投資で見ているのは、次の受注や利益につながるかどうかだけです。高価なシネマカメラを入れたときも、決め手は画質そのものより、その機材で受けられるようになる仕事があるかどうかでした。次の仕事につながる説明ができる支出だったということです。

年末に慌てて買う機材は、その説明ができません。器を変えたほうが早いと考えました。

増えた固定費は、信用を買う代金だと考えている

法人化すると固定費が増えます。私の場合はこのあたりです。

  • 税理士費用
  • 法人口座のオンラインバンキング、法人クレジットカードの月額
  • 保険関係
  • 業務ツール、通信、ドメイン管理費

これで私の場合は、固定費が月5万円から8万円ほど増えました。 ここでいう5万円から8万円は、法人化によって新しく増えた分です。編集ソフトや機材まわりなど、個人事業のころから払っていた費用は、これとは別にかかり続けています。

そして、これに社会保険が乗ります。

法人化すると、国民健康保険と国民年金がなくなり、社会保険に切り替わります。ここは差額で見ないと意味がないので、はっきり書きます。それまで払っていた国保と年金が消えた分を引いたうえで、私の場合は月4万円弱の純増でした。

役員報酬の設定額で変わるので固定ではありませんが、ここがいちばん重いという感覚は間違っていません。

合わせると、私の場合、法人化で毎月9万円から12万円ほど増えたことになります。年間で100万円を超えます。これを聞いてから判断してほしいところです。

それでも、この固定費の増加を、私は負担ではなく信用を買うコストだと考えています。 法人格があり、税理士や金融機関の担当者がいて、対外的な体制がある。それだけで、それまで話を聞いてもらいにくかった相手と対話する入口ができます。

受注が保証されるわけではありません。取引の土俵に立つための投資です。機材と同じで、固定費以上の事業機会をつくれるかで判断しています。

赤字でも出ていくお金がある

固定費とは別に、私自身が初年度で見落としていた費用があります。法人住民税の均等割です。

これは利益が出ていなくても、会社が存在しているだけでかかります。 赤字なら払わなくていい税金ではありません。金額は資本金と従業員数、それに自治体で決まります。

私の場合、福島県の法人県民税の均等割は年22,000円です(福島県公式サイト/2026年7月時点。資本金等の額1,000万円以下の区分)。これに市町村分の均等割が加わるので、あわせて年7万円ほどになります。

市町村分は自治体ごとに違うので、金額は自分の市区町村のサイトで確認してください。額そのものより、「赤字でも出ていく」という性質を先に知っておくことが大事だと思います。

想定より重かったこと

良かった話だけ書くと嘘になるので、重かったことも書きます。

設立までに出ていったお金

私の場合、ざっくりこうでした。

内容 金額
設立の実費(定款認証、登記など) 26万円
税理士への手続き依頼費用 9万円
スーツ・靴(格式を上げるため、いいものに) 15万円
ドメイン・メール設定・サーバー代(サイト制作は自分でやったので0円) 5万円
名刺、配布用ノベルティのステッカー 3万円
挨拶回り用の菓子折り 6万円
ポスト、金庫、デスクまわりなど事務所の設備 10万円
合計 74万円

この74万円が、消えて戻ってこないお金です。

ただし、スーツと靴の15万円、菓子折りの6万円は必須ではありません。 私が「行政や大きな取引先と話す場に出るなら」と考えて選んだ支出です。ここを外すと、どうしても要るのは53万円ほどになります。

意外だったのは菓子折りの6万円です。取引先と関係先を回るだけでこんなにかかるとは思っていませんでした。金額の大きい税理士費用は覚悟していたので、想定外だったのは小さい支出の積み上がりのほうでした。

資本金は「消える」お金ではない

これとは別に、資本金が必要です。私の場合は200万円にしました。

資本金は1円でも会社は作れます。それでも200万円にしたのは、仕事が1本も決まらなくても、1年は会社を存続させられる額だと考えたからです。

見栄えのためではありません。その1年を耐えながら、新しい事業を作れるようにするためです。実際、この200万円は新規事業に使うお金でもあります。

だから、200万円という額そのものに意味はありません。 決め方はこうです。

自分の場合の「1年分」を計算して、それを資本金にする。

固定費と生活費が月にいくら必要かは、この記事で計算のしかたを書きました。出した月額を12倍すれば、自分の1年分が出ます。私の場合はそれが200万円だった、というだけです。

ここで誤解しないでほしいのですが、資本金は消えません。 会社の口座に移るだけで、そのまま運転資金として使えます。

  • 消えるお金:74万円(うち必須は53万円ほど)
  • 動かすお金:資本金200万円(会社の口座へ)

分けて見ないと、実際より怖く見えます。私も最初、合計額だけを眺めて怯みました。

消える74万円と会社の口座へ動かす資本金200万円を分けた比較図

補足を3つだけ。この74万円に人件費は入っていません(全部自分でやった前提です)。設立の実費は資本金の額などで変わるので、金額は自分の条件で確認してください。そして税理士に払った9万円は設立手続きの依頼分で、毎月の顧問料は別です(顧問料は上の固定費に入っています)。

動き出せるまでの期間

  • 準備から設立まで:2〜3か月
  • 設立してから銀行手続きなどが終わるまで:さらに2か月ほど

細かい積み残しまで含めると、動き出せる状態になるまで半年ほどかかった感覚です。会社が「できた日」と、「使える状態になった日」は別でした。

想定より重かった作業

手続きに時間を取られました。 書類への記入、押印、窓口や郵送のやりとりは、思っていたより物理的に残っています。税理士に依頼しても、最終的に何を選んで何に同意して押印するかは自分が決めます。何がどう決まっているのかを調べて、判断が止まる時間もありました。

無記名の書類と封筒、印鑑、朱肉が並ぶ机

身軽さも失いました。 担当者がつくのは心強いのですが、将来の仕事につながらない営業の面談にも時間を使うことがあります。事業と個人のお金も、以前のようには動かせません。

法人用のインフラを作り直す手間もありました。 ホームページ、名刺、ドメイン、契約書、請求書、口座。私はこれを作るのが本業なので自分でやりましたが、支出が減っただけで、負担が減ったわけではありません。 その分の時間は丸ごと持っていかれました。外に頼む場合は、設立費用とは別に外注費が要ります。

つまり法人化は、楽になるための選択ではありません。 より重い責任と、より大きい取引を引き受けるための選択です。

法人化して実際に起きたこと

私の場合、こういう変化がありました。

  • 行政と直接やりとりが生まれ、具体的な部署との取引が始まった
  • 銀行から融資の相談が来るようになった
  • 銀行や税理士事務所に担当者がつき、困ったときに相談できる相手が増えた
  • 金額の大きい話、期間の長い話を聞いてもらいやすくなった
  • 会社の方針に合わない低単価の技術案件を、断りやすくなった

最後の一つは、思っていた以上に効きました。断っても案件が途切れる不安が、以前より小さくなりました。

ただし、これは法人化したから起きたこと、ではありません。

行政の仕事も融資の話も、実際に見られているのは実績と、それまでの関係です。法人格がやったのは、その話をする席に着けるようにしたことだけです。実績がないまま器だけ変えても、同じことは起きません。

私の場合は、席に着けなかったせいで止まっていた話が先にあった、という順番でした。

「売上で決めるな」と言いながら、お金の話ばかりになった

ここまで読んで、矛盾を感じた人がいると思います。

売上で決めるなと書いたのに、固定費は年100万円以上増える、設立に74万円かかる、動き出すまで半年。結局、利益がそれを飲めるかどうかの話ではないかと。

そのとおりです。売上も指標のひとつではあります。 ただ、ひとつでしかありません。順番の問題です。

  • やる理由:器のせいで取れない仕事があるか
  • やれる条件:増える固定費と初期費用を飲めるか

理由がないまま条件だけ整っていても、法人化する意味はありません。 売上が上がったから法人にした、という理由では、増えた固定費に見合うものが返ってきません。

問題は、理由があるのに条件が足りない場合です。おそらく、この記事を読んでいる多くの人がここだと思います。

私はこれを、いちばん動きやすい状態だと思っています。やることが決まるからです。

私の場合も、間に会社が入っている案件ばかりだと気づいた時点でやったのは、法人化ではありませんでした。直接取引の入口を1つ作ることです(その入口をどう作ったかは、別の記事に書きました)。器を変えたのは、直接の話が増えて、それでもまだ入口で弾かれるようになってからでした。

条件が足りないなら、先に理由の側を太くする。順番はそれだけです。

判断のしかたが変わった

振り返ると、私が見ていたのはこの順番でした。

個人という器のせいで取れない仕事があるか。節税のために不要な支出をしていないか。増える固定費以上の機会をつくれるか。

売上がいくらか、は入っていません。 売上は結果なので、器を変える理由にはなりませんでした。

ただ、ここで困る人がいると思います。代理店や制作会社の下で動いていると、そもそも取引条件が見えません。 「株式会社限定」で弾かれていても、その話は自分のところまで降りてきません。私も下で動いていた時期は、まったく見えていませんでした。

なので、今日やってほしいのはこれです。

この1年に受けた仕事を並べて、間に会社が入っている案件が何件あるかを数えてください。

見積書の宛先が、最終的にお金を出している相手と違っていれば、それは間に会社が入っています。数えるだけで構いません。

その数が多いほど、自分が条件を決められない場所で仕事をしているということです。それは単価の問題ではなく、立っている場所の問題です。私の場合は、この数が減らないと気づいたときが、動いたタイミングでした。

ここだけの話

偉そうに「器を変える」とか書きましたが、法人化の手続きは普通に地獄でした(笑)押印する書類がまだこんなに残ってるのかと。

あと、個人のころは通帳の残高が全部自分のお金みたいな感覚だったんですけど、いまは会社のお金なので、勝手に使えないんですよね。当たり前なんですけど、最初はちょっと寂しかったです。

それでも戻りたいとは思わないです。断れるようになったのが大きいです。

この記事の続き

この記事に書いたのは、私に実際に起きたことです。人に任せる順番、お金と時間を手元に残す組み方。その手順までは、この記事に書いていません。

記事は、私が何をしたかの記録です。教材は、あなたが明日やることの手順です。

そこだけをまとめたのが LOCALANCE BOOKS「経営の書(上級)」です。私が実際に使っている型をそのまま置いています。目次と中身は、このすぐ下から確認できます。

参考資料・出典

  • 法人県民税の均等割の税率/福島県公式サイト https://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/01115d/zeimu27.html (2026年7月時点)